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tttabata による書評(和書)

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このページの目次

著者名(次いで書名)のアイウエオ順

4 of 5 stars 井口道生 「英語で科学を書こう」丸善

親切で優しい語りかけ

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 物理学雑誌「パリティ」に連載された、英語で論文や著書を執筆するための入門書である。したがって、「科学を書く」といっても、例文は物理学関係のものが多い。著者の表現によれば「大項目方式の辞書」の形をとって、エッセイ風に書かれており、21の章は、時と好みに応じて、個別的に読むことができる。著者自身、物理学者であると同時に、表現法の考察や辞書を読むことを趣味とする言葉の達人であり、深い蘊蓄に根ざした説明は、親切な大先生の優しい語りかけの趣がある。湯川先生の中間子の論文は、あまりにも革命的な内容であったため、Physical Review誌に載せてはもらえなかったという、珍しい逸話が紹介され、そのときの査読者名も明かされている。英語論文執筆の初心者にはもちろん、ベテラン研究者にとっても、復習のため、あるいは若手研究者の指導の参考に、有益な本である。続編も合わせて読み、さらには、巻末に挙げられている多くの参考書の中から、本書とは対照的な、系統的に書かれたものも何冊か読むことを勧めたい。

(2003年3月16日)


4 of 5 stars 井口道生 「続 英語で科学を書こう」丸善

楽しく学べる入門書

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 物理学雑誌「パリティ」に連載された、英語の論文や著書の執筆入門書である。前編に続く第21章から始まり、第42章まであるが、エッセイ風に書かれているので、どの章からでも読むことができる。本続編では、いろいろな表現についての、複数の英単語のニュアンスの違いを述べた章が多い一方で、論文の構成、グラフの作り方、文献の引用など、和文の論文執筆にも役立つ内容も盛り込まれている。百人一首中の中納言家持の歌を引用して、日本語とヨーロッパ語の対比を述べ、フェルミやファインマンの逸話に触れて、理想的な抄録のあり方を示し、また、造語法の豊かさで日本語と英語は類似していると述べて、両国が島国であるところに由来すると論ずるなど、ユニークな記述がいろいろあり、楽しみながら学ぶことができる。英語で科学について書くことに本当に上達しようと思えば、巻末の参考文献リストから、系統的に書かれたものも選んで読む必要があるように思われるが、本書を前編と合わせて読むことは、決して損にはならない。

(2003年3月16日)


4 of 5 stars 吉村浩一 「さかさめがねの左右学」ナカニシヤ出版

逆転に学ぶ

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 著者は3種類の逆さめがねを着用したときの知覚や心の変化を、30年間にわたって研究してきた心理学者である。本書では、左右が入れかわるめがねを自ら着けた経験の副産物として、興味深い左右問題をいろいろ紹介している。左右概念の発生から説き起こし、地図の左右、絵の左右と過去・未来の対応、利き手問題など。そして、もちろん、逆さめがねとこれらの関わりも述べる。とくに、鏡像で左右が逆になる理由については、2章にわたって解説している。この問題の高野説(岩波科学ライブラリー「鏡の中のミステリー」)への反論を提唱した物理学者(実は本書評子)の説明を紹介し、原理的にはこれに同意しているが、自説との間にわずかな相違があると主張する。全体に分かりやすく書く努力がなされているが、一般読者にとっては、なお、読むのに骨の折れるところなしとしない。しかし、骨惜しみをしなければ、得るところの多い本である。左右へのこだわりから離れて、逆さの意外性について述べた最後の2章が面白いので、途中で投げ出しては損をする。

(2003年2月22日)


4 of 5 stars よしもとばなな 「バナタイム」マガジンハウス

軽やかな表現で人情の機微をうがつ

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 ファッション誌に2年にわたって連載した24編の随筆を、加筆修正してまとめた本である。同時進行した著者自身の失恋、結婚、妊娠の経験を投影しつつ、人間が一生のいろいろな折に抱く気持を鋭く分析し、その結果を、いとも柔らかく温かい雰囲気で述べている。子供っぽいまでに平易な文章と軽やかな表現を使いながらも、人情の機微を深くうがち、読者を惹きつけてやまない。別れ、現代日本の美意識のゆがみ、視力回復手術、片思いなどのネガティブな話題、さらには人生の終りでさえも、すがすがしく明るい話にしてしまう著者の筆力に感心させられる。原マスミによる幻想的な挿絵も楽しい。五つ星にしなかったのは、この著者には、気軽に読めるものだけでなく、読むときに努力を必要とし、読書力を鍛えられるようなものも書いて貰いたいという、勝手な望みからに過ぎない。

(2003年1月4日)


3 of 5 stars 弘兼憲史 「取締役 島耕作 2」講談社

耕作、上海で炯眼ぶりを発揮

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 上海初芝に董事長として赴任した島耕作が、情勢を鋭く分析し、支社改善の方向を模索する。彼のスケジュール管理係、楊春華や、バー「ビクセン」のママ、チャコも登場し、物語に花を添える。耕作は、まだ青年の顔立ちをしており、言動も若々しい。しかし、新しい読者も、カバーに記載のプロフィールから、1970年に初芝電器産業に入社した彼が、すでに55歳であることを知り得る。作者は上海で取材し、日本の企業が国際的に生き残る方策についてのユニークな視点から話を展開しており、読みごたえのある作品である。ただし、主人公の外交観は平和主義を疑問視するものであり、また、作品は中国を日本企業の人材獲得(「労働力獲得」でないところは新しい着眼であるが)と商品販売の市場としてのみ扱っているような趣きがある。中国の人びとが本書を読んだとき、これらの点をどう感じるだろうかと気になる。国内で好評の作品が、国外でもそうであって欲しいとの願いから、あえて苦言を呈した。

(2002年12月31日)


5 of 5 stars アインシュタイン,アルバート 「アインシュタイン日本で相対論を語る」講談社

大物理学者の日本観察が鋭い

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 北九州市門司を訪れたとき、旧三井倶楽部のアインシュタイン記念室を見学した。そこはアインシュタインが1922年に来日した際、5日間滞在したところである。彼の日本印象記の和訳も陳列されていたが、その出典が記載されていないことを残念に思った。その後間もなく、本書の出版を知って購入したところ、たまたま、その印象記が再録されていたので、嬉しかった。それは、雑誌「改造」の1923年1月号に掲載されたものだそうである。本書の中心をなすのは、43日間におよぶアインシュタインの講演旅行日記の和訳である。来日80周年の機会に、当のわが国で世界に先駆けて、この日記が出版されたのは、すばらしいことである。

 日記の随所に、アインシュタインの観察の鋭さがみられ、感心させられる。日本人の熱狂的な歓迎ぶりを伝える多数の写真や新聞記事のコピー、随行して描いた岡本一平の漫画なども多数含まれており、眺めるだけでも楽しい本である。巻末にある佐藤文隆京大名誉教授の解説は、世間に流布するアインシュタイン観を正すように書かれたユニークな一文である。始めに記した日本印象記の末尾において、アインシュタインは、西洋と出会う以前に日本人が本来もっていた、生活の芸術化、謙虚さ、質素さ、純粋で静かな心などを、忘れずにいてほしい、と述べている。その願いは果たしてかなえられているかと、昨今のわが国が反省させられもする。

(2002年12月27日)


4 of 5 stars 立原正秋 「残りの雪」新潮文庫

大人向けのお伽話

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 工藤保之は、妻里子と幼稚園に上がる前の男児を残して、愛人千枝と失踪した。里子にめぐり合った骨董に目が効く40代の会社社長、坂西浩平は「あなたは目について仕方がない人です」という。里子は「目につかないようになさればよろしいのではございませんか」と答える。…というように、物語ははじまる。多くの男性読者にとって、里子はいかにも愛してみたい女性、多くの女性読者にとって、坂西はいかにも愛されてみたい男性であろう。その意味で、これは大人向けのお伽話といえよう。坂西と里子の深まって行く愛と平行して、工藤と千枝の薄らいで行く愛も述べられる。愛の場面の描写は、先の二人において、自然の細やかな描写とないあわされて美しく、後の二人において、乾いて殺伐としている。異種の愛を描き分けるための作者の巧みな工夫であろう。しかし、美しい表現がそのように見え隠れすることと、全編があまりにも読みやすいことから、これを純文学と呼ぶべきか、通俗小説と呼ぶべきかと迷わされる。里子の父が「男も女も、その生涯を終えるまで、たがいに相手にたいする思いが熄むことはない」と考えるところがある。筋を興味深く追いながら、その「思い」のいろいろな形について考えさせられもする作品である。

(2002年12月19日)


4 of 5 stars 吉本ばなな 「体は全部知っている」文春文庫

ういういしくなまめかしい「私」

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 私小説スタイルの短編13編が収められている。本の表題と同じ題名の作品はない。しかし、表題は各作品の共通点をよく言い表している。各編の「私」同士は、類似性を持っていても、必ずしも同一ではないかも知れない。読者は、それらの「私」のいずれに対しても、心に深く触れ、生身の体を間近に見ているような親しみを抱かされる。それらの「私」は、いくつかの短編中の思い出の場面は別として、すでに少女ではないが、バルテュスの絵の少女のように、ういういしく、同時に、なまめかしい。自然主義的なアイロニーを含みながらも、童話のようにさわやかな小説集である。

(2002年12月19日)


4 of 5 stars 岩波書店辞典編集部(編) 「ことわざの知恵」岩波新書

楽しめるミニ辞典

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 「はじめに」に、「ことわざ一つ一つの意味や出典、歴史などに十分には触れていません。それらについては、是非『岩波ことわざ辞典』を引いてください。」と記してある。本書は、同辞典の刊行を手伝った岩波書店編集部員のことわざ感想集であり、また、同辞典の宣伝本なのである。しかし、集められた感想はどれも軽妙洒脱で味わいがあり、これまであいまいにしか知らなかった、あるいは、間違った解釈をしていた、いくつものことわざの正確な意味を、楽しみながら学ぶことができる。巻末には、収録されている160のことわざの一覧があり、小さな辞典としても役立つ。2002年度ノーベル化学賞の田中耕一さんは、受賞の知らせを聞いた日と翌日の記者会見で、「ひょうたんから駒」「失敗は成功のもと」と、ことわざを連発した。あなたも、まずは本書を愛読して、ノーベル賞受賞に備えてはいかが。ただし、田中さん使用のことわざは、本書に納められていないことをお断りしておく。

(2002年12月9日)


3 of 5 stars 島田雅彦 「忘れられた帝国」新潮文庫

経済成長以前の郊外での幼・少年時代

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 帝国ということばは軍国主義を連想させるが、この本の帝国は、それとは無関係である。首都からTM川で隔てられた、わが国の高度経済成長以前のなつかしい郊外、それがこの本でいう帝国である。作者自身がその帝国で経験した幼・少年時代の思い出がユーモラスに小説化されている。作品の始め辺りでは、そのような帝国が失われていったことに対する作者の批判的なまなざしが感じられるが、後半は一転して、性への目覚めの物語になっている。私は、最初の章にある、「どういう川ならいいのさ」という「ぼく」の質問に「おじいさん」が口籠りながら「風流な川がいいに決まってるだろ」といった、というくだりを、もっとも好む。

(2002年11月10日)


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